伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』

哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))ちくま新書545、筑摩書房、2005年)

*2006/03/16現在

*感想

  • 読みやすく、分かりやすく、親切。
  • 最後に書かれている「再構成」に従ってもう一度読み返したいと思う。
  • 終盤の文献案内がありがたい。
  • 思考実験や論理の立て方、議論の作り方を学び始めるときに役立つ。
  • 無駄な論争を避け、効率的かつ堅実に議論を積み重ねてゆく方法を学ぶために読むべし。
  • 哲学的な思考を身につける必要性を痛感させられる。議論の精度を上げるためにここからさらに奥へ行かねばと思わされる。

概要

  • クリティカルシンキング:情報の送り手と受け手両方の共同作業の中で、社会において共有される情報の質を少しでも高めていくためのものの考え方
  • 議論を構成する三つの要素
    1. 主な主張(結論)
    2. 理由となる主張(前提)
    3. 前提と結論のつながり(推論)
  • クリティカルシンキングの基本
    1. 議論の明確化
    2. 前提の検討
    3. 推論の検討
    • 前提と推論を検討して共に妥当だと判定されたなら、結論も妥当だと一応認めてよい。
  • 字面の上ではほとんど同じ結論に見えても、微妙な差でまったく違う結論になることがある。
  • 思いやりの原理(principle of charity)
    • 協力的作業:相手の議論を組み立て直す場合には、できるだけ筋の通ったかたちに組み立て直すべし。
    • 協調原理(principle of cooperation):話し手はその場におけるコミュニケーションの目的達成のために協力的な態度をとるべし。
  • クリティカルシンキングの目的:うがったことを言うことではなく、ある主張をしっかりした根拠のもとに受け入れること

「科学的」であることとクリティカルシンキング

  • 「科学的」と自称しているものが本当の意味で科学的かどうかを疑ってみる余地がある。
  • 権威からの議論→その人が権威を持つとされる理由と、言っている内容の信憑性の間に相関があるのでない限り、権威からの議論は使わない方がよい。
  • 反証可能性:自分の仮説を距離をとるための手段として、その仮説の反証条件は何か、そして反証条件を満たすような証拠はないかと考える習慣を持つのは非常に有用
  • 再現性:同じ分野の他の科学者によって批判的吟味に晒される。論文に書かれている通りの手順で同じ結果が起こせるかどうかのチェック。
  • 反例:その仮説が正しいという条件の下で絶対に起こりえない(ないし起きる確率が非常に低い)出来事
  • 定義の不明確な言葉や多義的な言葉を避ける。どうしても使う場合にはきちんと定義して使う。(情報を発信する側の最低限の心得)
  • 操作的定義:抽象的な概念を、調査によって確かめられる内容で定義すること(数字的に、など)
  • 事例による議論:一般的には妥当とはいえない(弱い主張のときには有効)

懐疑主義とクリティカルシンキング

  • 懐疑主義の破壊力を抑えながらも、そのいいところを生かしていく
  • 方法的懐疑(デカルト):疑いうるものについてはすべていったん判断を停止して、絶対確実に真だとわかるものだけを受け入れるというやり方。
  • 思考実験:架空の状況を想定して議論を行うこと。
    • 言葉の意味や、行為・選択の本当の理由、われわれが暗黙のうちに受け入れているルールなどを明らかにするには良い方法。
  • できるだけ確実なものから出発して確実な情報とあやふやな情報をより分けていくという方針そのものは、クリティカルシンキングの一つの基本的な考え方として参考にすることはできる。(方法的懐疑からの教訓)
    • 何を前提として認めれば、どこまでを「確実」の側に含めることができるのか、を一歩一歩明らかにしていくプロセスは決して不毛な作業ではない。
  • クリティカルシンキングは、みんなでやれば怖くない→送り手と受け手の共同作業
    • 「反論と回答」の形式で、他人の助けを借りて問題点を洗い出すことができる

論理学とクリティカルシンキング

  • 演繹的妥当性:論理学での「妥当」。非常に厳密な意味で使われる。
    • どんなに奔放に想像力を膨らませて考えても、前提が正しくて結論が間違っている状態を想像できない、というぐらいの強い意味で、前提がすべて正しければ「必ず」結論も正しいような推論。
    • 論理学:無意識のうちに理解している推論のパターンについて、意識的に勉強しなおすことで応用性が高まる。
    • どんなに筋が通っているように見えても、結論になってはじめて出てくる名詞や動詞がある推論には、必ず何か、飛躍ないしは明示されていない前提が存在する。

クリティカルシンキングとゆるさ

  • 生産的にクリティカルシンキングをするために必要なのは、両極端を避けるための思考法。
  • 誤った二分法(false dichotomy):AかBかの単純化
  • 文脈主義:同じ人の同じ主張が、判定を下す側の文脈で妥当とも妥当でないとも判断できる、という可能性を認める
  • ヒューム流の懐疑主義:それまで当てはまってきた法則や規則性が、この先の観察にも当てはまると期待する理由は何もないのではないか、という疑い
  • 「基準の上下」型の文脈主義:要求される確実さのレベルを文脈によって上げ下げし、それに見合った証拠が得られればその主張を妥当なものとみなす
  • 疑わない技術:文脈主義を経て疑わないという決定をした場合、「自分が何を疑わないことにしたか」に自覚的になることができる。
    • 文脈の選択そのものについてもクリティカルシンキングができるようになる
    • 懐疑主義が提供する「疑う技術」を補完する「疑わない技術」:疑わないという決定にもそれ相応の理由がいる。

価値主張とクリティカルシンキング

  • 価値主張でのクリティカルシンキング:与えられた条件下で「少しでもましな答え」を出すこと
    • なんらかの価値基準に照らして評価を下している
  • 分厚い記述(thick description):豊かな内容を伴った描写
  • 薄い記述(thin description):ある言葉のさす対象についての骨組みだけの描写
  • 実践的三段論法である以上、その大前提にも別のより一般的な価値主張が使われることになり、それもやはり実践三段論法で、というように無限に続くことになる。
  • 倫理的懐疑主義:自分や他人の行動を縛ったり導いたしするために使われるもので、それが間違っているとわれわれの生活に大きな影響があるため、とくに大きな関心の対象となる。
    • ピュロン主義の倫理的懐疑主義:地域の習慣や思想上の立場によって考え方が大きく異なる(同性愛、売春、近親婚、一夫一妻制、姦通、入れ墨、人肉食、犬食etc...)問題について、善悪の問題について判断停止をするべきだと主張。
    • 倫理的ルールの普遍性:どの文化でも?
    • 倫理的ルールの合理性:社会契約→突然殺されはしない、という安心。
    • 懐疑主義を回避する:今われわれが受け入れている倫理規範をそのまま受け入れて良い。極端な方法的懐疑を実践すると、事実についての主張で受け入れていいものが何も残らなくなる。
    • 立証責任は誰にあるのか
  • 価値主張のクリティカルシンキング
    1. 基本的な言葉の意味を明確にする。
      • 薄い記述は、どういう分厚い記述が受け入れ可能かを決定するための出発点としての役割を果たす。
      • 薄い記述を厚くするやり方
        • 薄い記述を満たすものについて調べる
        • 薄い記述にさらに新しい条件を付け加える
    2. 事実関係を確認する。
      • 一見、価値観で対立しているように見える二人が、よく論じ合ってみると、実は基本的な価値判断については一致していながら事実の問題について対立していることがよくある。これに気付けば、意見の調停に際して、見当はずれの努力をするのは避けられるだろう。
    3. 同じ理由をいろいろな場面に当てはめる。
      • 普遍化可能性テスト:大前提を批判的に検討する。
    4. 出発点として利用できる一致点を見つける。
      • 反照的均衡:すでに一致できているところにはできるだけ手を付けず、それでも不整合が生じたら、できるだけ無理の少ない方向で修正を加える。
  • 「生きる意味」の哲学的分析
    • 「なんらかの価値ある仕方で自分を超えること」(サデウス・メッツ)
  • 自然さからの議論:実質的には、道徳的な主張→平行線をたどっているときにはこれの可能性がある。

→価値観や趣味の問題とされている話題についても、いろいろと吟味できる項目はたくさんある。

  • 温暖化論者と温暖化懐疑論
    1. 不確実な状況における推論の問題
      • やわらかい反証主義:新しい実験や観察につながるような生産的な言い抜けならばよしとする。
      • 確率的な推論:統計的な証拠や確率を使った推論
      • 条件が整っている場合には、権威からの議論をよしとする
    2. 立場の違いに起因する問題
      • 価値観の違いの擦り合わせ
      • 実践的三段論法によって、お互いの価値判断の背景にある大前提(より一般的な価値判断)を小前提(大前提と結論を結ぶ事実判断)を特定し、意見の調整を測る。
      • 価値に関するクリティカルシンキングでは「よりましな解答」はあっても「正解」はない
      • 通約不可能性:二つのグループがまったく違う世界観で世界を見るために基本的な出来事でさえも違って見え、そのために話が通じなくなるという状態
      • 議論の再構成においても無理に合理的な枠に押し込めるのではなく、まずは相手の言い方に忠実に再構成する
      • 言葉の明確化:情報発信する側のクリティカルシンキングについての考え直し
      • 互いに理解を深め、両者のものの見方を統合した一段レベルの高い視野を獲得するのが理想→地平の融合
      • 文脈の差が生じるのは、そもそも何のためにその問題について論じているのかについての食い違いがある場合が多い。
      • 目的とデータ処理の仕方の間には合理的な関係がなくてはならない
    3. クリティカルシンキングそのものの倫理性

再構成

(1)心構え

  • 疑う習慣を身につけること
  • 間違いを認めて改めるという態度
  • クリティカルシンキングは協力的な協同作業
    • 正解ではなくよりましな回答を探すために

(2)議論の明確化

  • 議論を特定する:前提と推論の構造をはっきりさせる
  • クリティカルシンキングのツール
    1. 思いやりの原理と協調原理
    2. 暗黙の前提の洗い出し
    3. 定義による明確化
    4. 思考実験
    5. 薄い記述と分厚い記述の区分の利用
    6. 通約不可能性の処理
  • 議論明確化に害になる論法
    1. わら人形論法
    2. 意味の混同
    3. 二次的評価語による議論

(3)さまざまな文脈

  • 哲学的な文脈
    1. デカルト的懐疑:経験も論理もすべて疑う文脈
    2. 論理は疑わない文脈
  • 科学的な文脈
    1. 反証主義を厳密に適用する文脈
    2. やわらかい反証主義を使う文脈
  • 倫理的な文脈
    1. すべての価値主張を懐疑の対象とする文脈
    2. 普遍化可能性という基準を認める文脈
    3. 誰もが認める一般原則は出発点として受け入れる文脈
  • 日常的な文脈
    1. 権威による議論や伝聞を受け入れる立場
  • 文脈的思考のツール
    1. 関連する対抗仮説(特定理由の要件)
    2. 基準の上下
    3. 立証責任
    4. 反照的均衡

(4)前提の検討

(5)推論の検討

  • 論理学
    1. 三段論法など、演繹的に妥当な推論を重視(肯定式や否定式は妥当だが、前件否定の過ちや後件肯定の過ちは妥当でない推論として否定される)
    2. 厳密な論理学以外のほとんどの文脈においては確率的な推論も妥当な推論として認めざるをえない。
  • そのほか気をつけるべき推論
    1. 分配の過ちと結合の過ち
    2. 権威からの推論と対人論法
    3. 事例による議論
    4. 二分法的議論
  • 価値主張に関してとくに気をつけるべき推論
    1. 二重基準の過ち
    2. 自然主義的誤謬
    3. 自然さからの議論

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