黒田龍之助『はじめての言語学』

はじめての言語学 (講談社現代新書)講談社現代新書1701、講談社、2004年)

*2006/04/01現在

*感想

  • 言語学者の名前を挙げることはほとんどせずに、言語学の基礎の基礎だと筆者が考えることを、その中身が理解できるように分かりやすく親しみの持てる書き方で説明していく。
  • 言語学の世界を想像するのが楽しくなる本。
  • 入り口として文献案内があり、これを読むのも楽しい。
  • 筆者は話し上手なのに違いないと思わされるようなユーモアが散りばめられている。
  • 授業での学生からの反応を踏まえて書かれたものとのことで、はじめて言語学に触れる者としては体感覚に近いところで書かれているため読みやすくわかりやすく、その奥の世界に興味が持てる内容になっている。

メモ

*コミュニケーションとしての言語は、メッセージを伝えることが目的。そのメッセージを伝えるための言語記号は、形と意味からできている。

*ふたつの言語学

  • 地味な言語学:文法を扱うときの例をある特定の言語に限定し、しっかりと説明をしていくタイプ。
  • にぎやかな言語学:多種の言語例を挙げて、様々な文法を紹介しようとするタイプ。

*音は厄介である

    1. 音は瞬間に消えてしまう
    2. 音は目に見えない
    3. 音のことを文字で説明するのは難しい
    4. 音には専門用語がとくに多い

*音声学のテーマ

    1. どうやって音を出すか?
    2. どうやって音を測るか?
    3. どうやって音を聴くか?

IPAは音をイメージするためのもの

国際音声字母(International Phonetic Alphabet):世界対応で音を表す記号。国際音声学境界が管理し、ときどき改訂版が発表される。ベースはラテン文字

*コサ語

舌打音と放出音の両方を使っているすごい言語。南アフリカ共和国の有力言語の一つで、600百万人以上が話している。ネルソン・マンデラ氏も使う。

  • 千野栄一監修『世界ことばの旅 地球上80言語カタログ』(研究社CDブックス)
  • Teach Yourselfシリーズのコサ語 Kirsch B., Skorge S., Magona S., Xhosa, Teach Yourself Books, 1999.

*マメ知識

  • メタテーゼ:音位変換
    • 「新」:「あらたし」→「あたらし」
    • 秋葉原」:「あきばはら」→「あきはばら」
    • 山茶花」:「さんざか」→「さざんか」
  • 方言地図:地域方言の分布状況を示した地図
    • ものもらい(東京)、めもらい(金沢)、めかいご(群馬)
  • 国語学
    1. 目標レベルの設定:中間言語のどこまでが必要なのか。言語の奥深さが想像できるので、やみくもにはやらない。
    2. その言語に関する概説を読む:教科書や文法書ではない。『世界のことば小事典』や「世界の言語ガイドブック』で、それがどんな言語なのか、音韻はどうあんっているのか、基本の語順は何か、類型はどういうタイプが強いかなどについてあらかじめ知識を仕入れておく。すでに知っている言語と関係が深ければそれを頼りにさらなる情報を収集できる。
        • 概説が見つからないとき:三省堂言語学大辞典』にはきっとあるはず。なければ相当マイナーであることを覚悟し、英語などで書かれた概説を探す。また概説についている参考文献からさらにいろいろなものを読む。
    3. 音声を聴く・IPAをもとにだいたいの音をイメージする:調音のしくみを読めば、音の出し方がだいたい理解できる。実際に音がうまく出せなくても、どの音とどの音は区別しんかえればいけないかという音韻はつかんでおく。
    4. 文法は先に全体を見ておく:教科書を最後まで眺めて、どんな順番で文法事項を学ぶのかをチェックする。付属の音声教材があれば、それを流しながらとにかく最後まで目を通す。最後に変化一覧表があれば、そういう言語なんだと覚悟する。
    5. 関心:その言語の話されている地域について、いつも関心を持つようにする。現地の様子だけでなく、日本との関係、文学作品の翻訳、料理店に食べに行く、など。
    6. 焦らない:複雑な記号の体系がそう短時間で頭に入るはずもない。妖しい教材や会話学校に騙されないこと。

文献案内

  1. D. クリスタル『言語学とは何か』現代の教養12 (瀧本二郎訳、南雲堂、1975年)
    • 第一章が「言語学」でないものを取り上げている。少し古いが、いまでも充分に通用する。全体を通して読み通せるもの。
  2. G. ムーナン『言語学とは何か』 (福井芳男、伊藤晃、丸山圭三郎訳、大修館書店、1970年)
    • 序論が特に面白く、ここだけでも読む価値がある。口の悪い人の著作はだいたい面白い。でも、こういう人が絶賛するほうはあまり的を射ていなかったりする。
  3. 千野栄一監修『世界ことばの旅 地球上80言語カタログ』 (研究社、1993年)
    • 80の言語が2枚のCDに収められている。各言語の録音時間は約一分半。意味が分かるかどうかではなく、言語音を具体的に聴いてみるにはいちばんいい。付属の解説書には80の言語についての概説もある。コサ語も聴ける。
  4. 小泉保『音声学入門 改訂版』 (大学書林、2003年)
    • 決してやさしいものではないが、IPAを具体的な音とともに理解する教材はほかにない。音声学に深入りしたい人向け。
  5. 風間喜代三言語学の誕生:比較言語学小史』 (岩波新書69、1978年)
    • インド・ヨーロッパ語族の比較言語学について、この本の内容をしっかりと理解していれば、大学院入試でもまずは大丈夫。コンパクトにまとめてあるがレベルは高い。さっと目を通してわかるようなものではないので、何度も熟読しなければならない。
  6. 徳川宗賢編『日本の方言地図』 (中公新書533、1979年)
    • 新書なのに言語地図が50枚もあるのでお得で見ているだけで楽しい。説明をきちんと理解すれば、日本語の地域方言についてひととおりのことがわかる。
  7. 西岡敏、仲原穣『沖縄語の入門』 (白水社)別売CDあり。
  8. 井上史雄『日本語は生き残れるか』 (PHP新書167、2001年)
    • 言語経済学の考え方の人。本文では批判めいたことも書いたが、井上氏のものはやはり優れている。『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『敬語はこわくない』(講談社現代新書)、『日本語の値段』(大修館書店)など、どれも現代日本語を知るためには欠かせないと思う。
  9. R. M. W. ディクソン『言語の興亡』(大角翠訳、岩波新書(新赤版)737、2001年)
    • 著者は現地調査を実践するオーストラリアの言語学者。世界の言語の奥が死滅しつつあることに警鐘を鳴らし、いい加減な言語論を激しく批判する。本当の意味での言語学の基本はここにあると思う。決して読みやすくはないかもしれないが、熟読してほしい。

*はじめての言語学特別案内

  1. 西江雅之『「ことば」の課外授業』 (洋泉社新書y084、2003年)()
    • ことばについて一週間の課外授業をして、それをもとにまとめたもの。著者は、とにかく面白くて、頭がよくて、ユニークな人物。詳しくは本人による半生記『ヒトかサルかと問われても』(読売新聞社)を。
  2. 定延利之『よくわかる言語学』 (日本語教師・分野別マスターシリーズ) (アルク、1999年)

*著者のお気に入り教材

  1. 栗原薫『フィンランド語が面白いほど身につく本』 (中経出版、2002年)
  2. 逸見喜一郎『ラテン語のはなし』 (大修館書店、2000年)
  3. 宇根祥夫『メモ式ベトナム語早わかり CDブック』 (三修社、1997年)
  4. アブディ・ファラジ・レハニ『CDエクスプレス・スワヒリ語』 (白水社、2003年)