剽窃禁止ルールの意味

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うん、「オリジナル=独創性」という観念を植え付けておきながら、それを論文を書くときの礼儀のようにして教えるから混乱が起きるんだと思う。
すでにある学者たちの議論を叩き台にして、では自分はどう考えるかを、改めて考え直してそれを文章にすること。すでにある議論に賛成するのか反対するのか、その根拠はどこにあるかを自分の言葉で説明すること。それが大事。といっても学部1、2年だと、まだ教科書的な教え方をされているようで、どこをどう疑うか、ということの前に、何が常識とされているかの詰め込みが終わっていないからなぁ…。
あとこの文章に胸打たれた。

剽窃=憑依か、あるいはその逆方向に振れた土台無理な「オリジナル」か、そこでヘタった感想文か、といった不毛な三択で終わってしまう学生がもし結構な数でいるとすれば、それは建設的な議論を積み上げる、言い換えれば、共同幻想を紡いでいくための土壌を培養することに失敗しているということだからだ

剽窃=憑依」という捉え方はかなり目から鱗だった。なるほど私はそこに近いものがあった気がする。それから「オリジナル」なるものへの恐怖もあった。そんなものをどうやって生み出せばいいのか、と。そう思っただけで眩暈がした。懐かしい。(?)
まぁともかく、コピペはよくないということはだいぶ分かっているようなので、その先をどう説明してどうつなげるか、自分で論を組み立てようとする方向へどうやってもっていくか、かな。